『グリーンブック』感想 見える差別と見えない差別
『グリーンブック』
(原題:Green book)
80点 / 100点 (満点中)
ひとこと・・・二人の関係性がとにかく尊い…
あらすじ:時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、〈黒人用旅行ガイド=グリーンブック〉を頼りに、出発するのだが─。 (公式サイトより)
◎祝!アカデミー作品賞受賞!
ご存知の通り、第91回アカデミー賞の作品賞受賞作品です。
And the #Oscars winner is... pic.twitter.com/udBCWUKaSI
— The Academy (@TheAcademy) February 25, 2019
今回のアカデミー賞個人的所感としては、久しぶりに手堅い作品が取ったなあという印象。本作、前年秋のトロント国際映画祭で最高賞を受賞して以来、「アカデミー賞最有力!」という声が強まっていたのですが(自分もそのニュースを見て映画公開をずっと楽しみにしてました)、大抵、前から騒がれている映画は後からこっそり出てくる作品に賞を取られる、というのが毎年の流れ、のような気がします。
最近だと、
×『ラ・ラ・ランド』 ○『ムーンライト』(2016年)
×『ゼロ・グラビティ』 ○『それでも夜は明ける』(2013年)
辺りでしょうか。今年も『ROMA/ローマ』に持っていかれるのだろうと思ってましたが… 大本命がそのまま受賞するのが違和感、というなんだかよく分からない感想になってしまいました(笑)
また、助演男優賞でドクター・シャーリー役のマハーシャラ・アリも受賞しましたね。
And the #Oscars winner is... pic.twitter.com/ylyEkEBSzh
— The Academy (@TheAcademy) February 25, 2019
2年前の『ムーンライト』でも助演男優賞を獲得しており、2年ぶり2回目のノミネートで2回目の受賞というオスカーキラーっぷり。
因みに『ムーンライト』では物語の1/3ぐらいの出演時間だったのですが、今回はがっつり出てます。むしろ主演と言われても違和感がないぐらいに。
ほぼ貴族のような身なりの天才ピアニストという役でしたが、どう見てもその感じの雰囲気しか漂ってなかったのが凄かったですね。これの少し前に見た『アリータ:バトル・エンジェル』では少々残念な悪役を演じていただけに…
マジ貴族。
◎そもそもグリーンブックって?
本作のタイトルにもなっている「グリーンブック」。日本人には全く馴染みのない上に、劇中でもそんなに説明されません。
砕けた説明をすると、人種隔離政策時代に黒人がトラブルなく快適に旅行を送れる為の施設(食事、宿泊等)が記載されたガイドブックの事だそうです。
実はWikipediaにも記事があります
観る前はてっきり黒人を虐げる側の本だと勘違いしていましたが、黒人の為のガイドブックだったんですね。
この「グリーンブック」の「グリーン」はガイドブックを作った作家の名前から取られているそうですが、本作の中では色の「緑」が効果的に使われていました。(どちらかというとエメラルドに近い色合いですが)二人が乗る車も緑、物語のキーとなる「翡翠の石」も緑、二人が走るアメリカ南部の田舎の景色も緑が印象的…と至るところに散りばめられていました。
◎凸凹の二人が育んだ友情
本作で何よりも何よりも素晴らしくて尊く感じたのは、ガサツで乱暴な運転手"トニー"と天才黒人ピアニスト"ドクター・シャーリー"という何もかも違う凸凹のオッサン二人が次第にかけがえのない友情を結んでいく点でした。昨年のトロント国際映画祭で話題になった時も、この話のプロットを知って「間違いない!」と思ってましたが、期待を裏切らない出来で感動しました。見たかったものを見せてくれてありがとうございました、という気持ちですよホント。。
しかし、この二人が旅するきっかけが、トニー→大金が手に入るから(しかも一度断っている) シャーリー→腕っぷしがいいから(主に黒人関係の)トラブルを解決してくれそう という、全く友情を結ぶ気などない打算的な理由だったのは笑いました。
人種も性格も環境も考え方も何もかも違う二人。最初はもちろん反りが合うはずもなく… 賭け事が大好き、とにかく暴力か金かでしか物事を解決せず、食べ方は汚い、店の物をこっそりポケットに入れる…等とにかくガサツなトニーに対し、高貴なシャーリーは一つも理解できるはずはなく、車内では言い合いばかり。
そんなシャーリーですが、トニーに勧められたフライドチキンを生まれて食べてその美味しさに感動したり、逆にトニーもシャーリーの天才ピアニストぶりを目の当たりにしたり、次第に二人は「こいつ、そんな悪い奴じゃないぞ?」と言わんばかりに歩み寄っていくようになります。
二人の顔には笑顔が生まれ始め、シャーリーがトニーの奥さん宛の手紙を書くのを手伝ったり、また、お互いのトラブルをお互いが解決するようになったり、段々と「こいつじゃなきゃダメなんだ」という気持ちにすら変化していきます。
ちょっと自慢げに教えるシャーリーがツボ。
とにかく、声を大にして言いたいのは「人は性格も環境も何もかも違っても尊敬し合える」「初対面の印象だけが全てじゃない」というポジティブなメッセージがこの映画には込められていたことです。世界中で何かと歪み合うことの多い世の中。一歩、相手のことを受け入れることができたならば、何か変わってくるんじゃないか。ファーストインプレッションは良くなくても、相手のことを見続けていれば、その人の良さに気づけるのではないか。この二人のように、お互い歩み寄って尊敬し合える事ができたら世界はもっと平和になるのになあ、と思わずにはいられません。
自分の経験上でも、初対面では「苦手かも…」と思った人でも、話していく内に「あれ、ひょっとして気が合うかも?」と変わっていったことがあります(その逆もまた然り)。こんな経験、誰でもあるのではないのでしょうか…?
「環境」や「人種」といったフィルターを外し、本物の友情を育んだ二人の姿は何よりも尊いんです… 久しぶりに「映画が終わっても登場人物の続きをいつまでも見ていたい」という気持ちにさせてくれました。
相手の良いところを受け入れて尊敬し合ってるんですよね。本当に素敵な関係だ…
◎差別という"習慣"
一見、楽しそうな二人のロードムービーですが、至るところに「黒人差別」という現実が彼らには待ち受けています。招待されたゲストなのに、その中のレストランもトイレも使えない。ホテルも黒人専用。警察にも不当な扱いを受ける。。
肌の色が違うだけで差別されるなんて、日本で住んでいる限りでは信じられない扱いですし、理解し難いものですが、ここで肝心なのは、実は差別する側は「差別をしている意識」が一切ないことなのでは、と思います。
シャーリーを拒絶する側は口を揃えて「そういうものだから」「この土地のしきたりだから」と。つまり、「黒人を差別すること」を正常として疑わない環境なので、悪いことだと思ってないのが一番タチが悪いんですよね…(実際、シャーリーを拒絶する人たちはみんな怒ってなくて真顔、もしくは笑顔だったりする) 環境や習慣を理由に、考えることを放棄した人は、信じられないことも平気でする。それが人間の怖いところであり。。
実際、トニーも序盤で黒人の飲んだグラスを捨てていましたが、これは何も考えなしに行った結果。しかし、シャーリーと出会い、「差別は当たり前ではない」と自分で考えるように変わっていったトニーは、本作の見どころの一つでもあります。
しかし、本作で「差別」はあくまで作品の中の要素の一つでしかなく、本質は「異なるもの同士の友情」という非常にシンプルなものだと思うのです。だからこそ、黒人差別の馴染みがない日本にも受け入れられると信じています。元はコメディー系の映画監督であるというピーター・ファレリー監督の軽快なタッチもあり、誰でも爽やかに見れる映画でした。(結構笑えるシーンもあります)
まさにアカデミー賞も納得、の完成度です。
+++以下、ネタバレ注意!+++
【ネタバレあり感想、ツッコミ】
◎見えない差別
本作では「黒人」というある種の分かりやすい、表の差別要素があったことに対し、物語が進むにすれ、裏の"見えない"差別要素が描かれていきます。しかも何もないと思われていた白人のトニーに対しても。
シャーリーについては、実はゲイだったという事が明かされます。明確な描写はなかったですが、YMCAのプールのシーンは、まあそういうことなんでしょう。 考えてみると、トニーの下品な話にも全く食いつかなかったり、あれだけお金持ちで地位もあるのに大屋敷で独り暮らしという伏線はありましたが… あの時代、黒人であることと同じかそれ以上に性的マイノリティーを打ち明けることは世間的に厳しかったことでしょう。。
そして、トニーについても実は「イタリア系移民」というマイノリティーを抱えていました。「バレロンガ」というアメリカ人には発音しににくいイタリア系の本名を好んで使っていなかったのもその理由の一つでしょう。黒人までとはいかなくても「見えない差別」としてずっとトニーが抱え続けていた被差別意識であったと思われます。だから警察に「半分ニガー」と言われた時は我慢できなくて瞬時に殴ってしまったんだろうなあと。
そんな二人の「見えない負い目」を互いに知ったことは、実は二人の友情をさらに強固にするきっかけにもなったのではないでしょうか。
バラバラだと思っていた二人が、実は心に抱えているものは同じなんじゃないか。全然違うように見えて、本質は似た者同士なのかもしれない。。
だからこそ、ラストシーン。シャーリーがトニーの家のクリスマスパーティーに駆けつけてくれて本当に良かったなあと思うばかりです… トニーと別れたシャーリー、シャーリーと別れたトニーはどこか寂しげな表情でした。やっぱり似た者同士なのでしょうね。
そういえば、この二人と同じぐらいにトニーの奥さんも素晴らしかったですね。旅のきっかけも、二人が仲良くなれたのも彼女がいたからこそ。
しかし、やっぱり手紙のゴーストライターはバレていて、それがそのまま映画のオチになったというのはなんとも言えない気持ちになりましたが(笑)
めちゃめちゃ良い奥さんでした。聡明で気遣いもできるし。だからこそなんであんなにガサツなトニーと結婚したんだというツッコミは置いて
◎黒人からは批判的?
そんな素晴らしい出来で、アカデミー作品賞まで取った作品。文句の付け所がないだろうと思っていましたが、主に黒人からは批判的な意見が続出しているようです。
その主たるものが「白人が考えるステレオタイプ的な黒人描写」「強い白人が弱い黒人を助けるヒーローの構図と化している」といったものだそうで、同じ第91回アカデミー賞で脚色賞を取ったスパイク・リー監督は授賞式後の記者会見で明らかに納得していない様子でしたね。。
Spike is all of us watching Greenbook win. #oscars pic.twitter.com/L9Mywwi9Oe
— Brittany Garms Jr (@brittanygarmsjr) February 25, 2019
みんな受賞して喜びまくってる人のコメントの中、一人だけこんな感じで出てきて笑いました
うーん、言われてみれば確かにトニーが英雄視されすぎている気もするし(これはトニーの息子が映画の企画段階から関わっている事が関係してそう)、黒人差別描写も当人達からすれば、あまりに固定的なイメージすぎて納得のいくものではないのかもしれないなあ。。
何より、アカデミー作品賞でこの映画のスタッフが呼ばれたとき、白人ばかりだったのには驚きました。
Ohh, so THAT'S what they mean by a 'Hollywood ending'.. 😑#GreenBook #OscarsSoWhite #Oscars pic.twitter.com/ZfGu118FMl
— Mona Moussa (@Monaldo86) February 25, 2019
こりゃあ彼らは納得できないわけだ。
黒人の気持ちを完全に計り知ることはあまりに野暮なことなので、批判に対する反論は避けますが、やはりこの映画の良いところは、上にも書いた通り、全然異なる二人が真の友情を結ぶことであり、そこには人種など関係ないのです。
まあ、完全無欠の映画なんて存在しないもので、どんな作品にしろ欠点は存在します。自分が言えるのは本作は間違いなく素晴らしく、アカデミー賞に値する作品だということです。
・連想した作品
「全然違う二人の友情もの」と言われて真っ先に思いつくのはこれだなあ。
本作とよく引き合いに出される作品。(この映画もアカデミー作品賞受賞している) 未見なので見てみようかな…
映画のエンディングで流れる曲は、実はドン・シャーリー本人が演奏した曲だったりします。