『さよならくちびる』感想 この棘は抜けないままでいい
『さよならくちびる』
95点 / 100点(満点中)
ひとこと・・・最高に愛おしくて尊い三角関係
あらすじ:音楽にまっすぐな思いで活動する、インディーズで人気の女性ギター・デュオ「ハルレオ」のレオ(小松菜奈)とハル(門脇麦)だが、付き人シマ(成田凌)が参加していくことで徐々に関係をこじらせていく。全国ツアーの道中、少しずつ明らかになるハル・レオの秘密と、隠していた感情。すれ違う思いをぶつけ合って生まれた曲「さよならくちびる」は、3人の世界をつき動かしていく――。 (TOHOシネマズ作品紹介ページより)
◎"ハルレオ"解散ツアーのお話
最初にこれだけは言わせてください。最高でした。
この映画、公開がアナウンスされた時からずっと楽しみにしてました。小松菜奈と門脇麦がギターデュオを組む、秦基博とあいみょんが楽曲提供… 自分にとって好きな要素しかない。これで面白くなかったらどうしよう、なんて思った時期もありましたが、完全に杞憂でした。よかった。。
インディーズで人気を博していた女性ギターデュオ、"ハルレオ"。映画は付き人のシマ(成田凌)が「二人とも本当に解散の決心は変わらないんだな?」とのセリフからスタートするように、ハル(門脇麦)とレオ(小松菜奈)の解散ツアーを描いています。人気デュオのはずなのに解散。二人の仲は最悪。口もろくに聞いていない… 何故こうなってしまったのか?二人に何があったのか?そんな回想も交えながら東京からファイナルの函館まで北上するハルとレオ+付き人シマの3人のロードムービーでもあります。音楽をしながら車で旅をするのは『グリーンブック』的な要素もありますね。(ミュージシャンが運転手兼ローディーを探しているというのも一緒)
miyagen-not-cinefil.hatenablog.com
しかし、二人の関係をゼロから作り上げていった『グリーンブック』に対して、こちらは二人の関係にピリオドを打つお話。それがとにかくエモいんです。ボロボロの二人が各地のステージ上では最高のハーモニーを奏でていく。全てを終わらせる為に。。
音楽映画としても、ロードムービーとしても、そしてガールズムービーとしても、とにかく最高でした。「奇跡の音楽映画誕生!!」というキャッチコピーも誇大表現に全く感じない。
そういえばこの映画、ガールズものにしては珍しく頻繁に喫煙シーンが登場します。かなりタバコのシーンが印象に残ります。ハルとレオとシマの3人を辛うじて繋ぎ留めた数少ないものとして、第一に音楽、次にタバコだったと言わんばかりに。実は本作の隠れた重要アイテムなのかもしれません。(主題歌「さよならくちびる」の歌詞にも"たばこ"というフレーズが登場します)禁煙化が叫ばれる昨今、世の中の流れに迎合しない感じが最高にロックだなあ。と本筋とあんまり関係ないところで映画を褒めてしまった笑 でも本当に良い映画ですよ。
◎ギスギスの三人(でも心地良い)
解散という結論を出したほど不仲のハルとレオ。そんな解散ツアーを描いたこの映画は基本的にギスギスしています。付き人のシマを含めて3人の矢印は見事にバラバラ。当の本人達からしたらたまったもんじゃないとは思いますが、それを傍観している私たち観客の立場からすると、それが最高に心地良いのです。(勿論、美男美女が演じているので何をしてもビジュアル的に様になるという面もありますが)不仲という一言では表しきれない三者三様の複雑な感情が絡まりあっていて、しかもそれは"嫌い"や"憎い"といったマイナスの感情ではなく、"相手を想ってこそ"の感情の交差なのです。映画を見ていく内に必ずやこの三角関係が愛おしく見えてくるはず。その3人を演じたお三方。本当に×3素晴らしかったです。
ハルレオの中でデュオの発足人であり、作詞作曲を担当する"ハル"を演じたのは門脇麦。もう、存在感が段違いでした。強いて言うならこれはハルの話だったといっても過言ではないぐらい。天才であるが故の孤独、誰にも言えない悩み、それを全て歌に乗せて伝えるエモさ… 門脇麦さんの歌唱力&ギターも本当に本業の人にしか見えなかったです。女優さんって本当に凄い。。
ハルに誘われて音楽を始め、次第に音楽の楽しさを見出していく"レオ"を演じたのは小松菜奈。自由奔放な言動とは裏腹にハルへの羨望と嫉妬が見え隠れしている心の機微が何とも切ない。。
個人的に小松菜奈さんは前年に見た『恋は雨上がりのように』でどハマりしてから出演作品は欠かさず見てきたのですが、まあ本当にスクリーン映えする女優さんだなあと。彼女がスクリーンに映るだけで画面が華やかになるような、説明できない天性の魅力を備えている稀有な女優の一人だと思います。
本作でも彼女の魅力が爆発してました。歌唱は勿論のこと、劇中内でロング、ボブ、ショートの3つの髪型を披露してましたが、どれも全て似合っている小松菜奈マジ半端ないって。
ハルとレオ。当初の二人の関係性は互いが互いを尊敬し合う良好な感じに見えましたが、段々とレオがハルの才能に嫉妬していくことでそのバランスが崩壊…(居酒屋のインタビューのシーンは本作数少ないコメディシーン。あれはレオ怒るわ…)
しかし、実はハルの方こそレオにどうしようもない羨望の目を向けていたことが判明します。ステージ上のMCでハルから語られていた「ホームレスの靴磨き」の話でハルが絶対この人にはなれないと見ていた"水商売らしき女性"がいつの間にか"レオ"にすり替わっていた演出がまさにそれを表していました。
お互いを尊敬し合っていた二人が、段々とお互いを嫉妬し合うという負の連鎖に陥っていくのは何とも切ないですが、それはお互いが好きになりすぎた故の結果というのがまた… そして修復もしないで別れに向かっていく二人の姿はエモいと表現せずに何と言えよう。。
まさに、「大好きだから、サヨナラを歌う。」の話なんです。キャッチコピー考えた人本当に凄いわ…
そして、ハルレオの付き人の"シマ"を演じたのは成田凌。すみません、成田さんについては正直、あまり興味があった方とは言えないのですが…(タイトルは伏せますが、前年に同日公開された2本の映画で両方ともに犯人役だったのは笑いました)めちゃめちゃカッコよかったですね。元バンドマン&元ホストという、所謂女遊びには長けている性分で、しかも口数も少なめでぶっきら棒。あまり取っつきやすいタイプではないのですが、実は誰よりも何よりもハルレオのことを想っている、熱い男でした。ギターを弾いている姿も様になっているし、ステージ脇でハルレオを見つめる表情も良かった…
今後、大注目の俳優ですね。(超遅い)
ハルとレオの関係にシマが加わると、これが見事に三角関係。
ハル→レオ (これは後述)
レオ→シマ
シマ→ハル
という具合。ここまで矢印がバラバラなら解散もするよな…と思う反面、3人ともにその人が好きになってしまった理由が劇中を見ると痛いほど分かってしまうのです。。この三角関係は三人の関係が進んでいく内に、なるべくしてなったすれ違いで(当人達からするとたまったもんじゃないと思いますが)見ている側からすると最高に愛おしい三角関係なんです。
ハルとレオの関係も勿論、シマを含めた三角関係も、そこに至るまでの過程をちゃんと描いているのがこの作品を最高にエモくたらしめている理由の一つなのではないでしょうか。
◎"ずっと忘れないでいるから"
いやしかし、 何よりも忘れていけないのは、本作を彩る楽曲たち。本当に素晴らしかったとしか言いようがありません。
劇中で出てくるのは、秦基博提供の「さよならくちびる」、あいみょん提供の「たちまち嵐」「誰にだって訳がある」の3曲。この曲にハルレオの思いが全て詰まっていると言っても過言ではないと思います。とにかく曲を聴いて欲しい…聴けば分かるから…
また、最後のステージでハルが言っていた「ミュージシャンは永遠には続けることはできないけど、音楽はリスナー次第で永遠に残ることができる」というメッセージは音楽好きな人全員にとって最高に共感できるのではないでしょうか。。
だからこそ「この棘は抜けないままでいい ずっと忘れないでいるから」という歌詞がずしりと響くのです。音楽を忘れないことはハルにとってのレオ、レオにとってのハルのことも忘れないことであるから…
とりあえず今自分が言えることは、CD買います。そして、あと10回見に行きます。
+++以下、ネタバレ注意!+++
【ネタバレあり感想、ツッコミ】
◎(敢えて)野暮な不満点
疑いようもなく最高の映画でした。しかし不満点が全くないわけでなく…
まず、 (贅沢な悩みというのは百も承知してますが)劇中で登場する歌が上記の3曲しかないというのは些か少ないかなあと… いや、そりゃあハルレオを演じた門脇麦&小松菜奈は本業ミュージシャンではないので際限なく何曲も披露、というのは厳しいと思いますし、秦基博・あいみょんというビッグネームから更に曲を提供してもらうというのも無理だと自分でも分かっていますが…
本編通して全国各地のライブハウスを回っており、その各地でその3曲を歌っている姿が何回も映し出されるので、まるで3曲だけで全国を回っているような感覚にもなりました。劇中内で少し映っていたハルレオのCDには5~6曲ぐらいが収録されているように見えただけに… イントロだけ、1フレーズだけ、MCでの曲紹介だけでも、何とかならなかったのかな。。
また、ハルレオというアーティストが日本の音楽シーンにおいてどのぐらい人気を博しているのか、どのぐらいの立ち位置なのかというのもイマイチ伝わらなかったかなあ。デュオ解散がリークされてからはライブハウスも相当埋まっていたようですが、それまでは箱の前に二人が車の中にいても特に何の騒ぎにもなっていない様子だったし。日常生活でもファンにバレる、ということとも無縁そうでした。
インディーズ界隈ではそこそこ人気だけど一般的な認知度はまだまだって感じ?
そういえばハルレオのファンの中で明らかに不自然なプッシュをされている二人がいましたが、やはりというべきかただのエキストラではなくついこの間までアイドルとして活動していた芸能人の方だそうです。
あと、ハルレオがラストライブを行なった函館の金森ホールという会場も実在するホールだそうです。めちゃめちゃ風情あってお洒落ですね。いつか行ってみたい…
◎ハルの苦悩
この映画で最も印象に残ったのはハルの苦悩だったかもしれません。彼女の天才的な音楽の才能が発揮されていく反面、映画が進むにつれ明かされたのは、ハルは女性しか好きになれない、ということでした。シマとの"実家に帰った時の宇宙飛行士(追記:宇宙工学の研究者でした)となったハルの幼馴染"のエピソードはまさにそれ。ハルの母親には幼馴染からの葉書が届いていたにも関わらずハルの元には届いていなかったのは、おそらくハルがどこかで想いを伝えたのに幼馴染はその気持ちを受け入れてくれず、そのまま関係が破綻してしまったからなんだろうな…
思えば、ハルがレオを初対面で音楽を誘って一緒に暮らし始めたのも、最初からどこか危ない雰囲気が漂っていました。でも、ハルには苦い過去があるからレオに対する想いを決して打ち明けなかった。。そして、レオの目にはシマしか見えていないことも理解していて… ハルの果てしない孤独と苦悩が垣間見えた後は、どうしようもなく切なくも悲しいハルの姿しか見えませんでした…
この3人の三角関係の共通点は、好意を持たれている相手を理解していながらも、成就できないと分かりきっている対象にどうしようもなく惹かれていく、という点。
男性を好きになれないハルを分かっていながらも、どうしようもなくハルに惹かれていくシマ。シマがハルのことを好きなのを分かっていながらも、シマに惹かれていくレオ… シマもレオからの想いを分かっていましたし、レオもハルからの想いを知っていたようでした。
…改めて、本当にもどかしくて面倒くさい、でも最高に愛おしい関係だなあ。。
◎たちまち嵐の中
函館のラストライブも無事に終わり東京に帰ってきた3人。もうここで3人の関係も終わり。これからは赤の他人同士だからな、と言い放つシマ。荷物を抱えて反対方向へ消えていくハルとレオを見届けるつもりだったが… 気がつくとシマの車に戻ってきて荷物をトランクに戻してる。。
シマ「お前ら、ハルレオ再結成だけは絶対ないからな! 函館であれだけ感動的なライブをやっておいて、それだけは絶対ないからな!」
ハルとレオ「うるさいなあ。とりあえずお腹空いたんだけど。」
こんなセリフを言い合いつつ、車内で「たちまち嵐」のフレーズをアカペラで口ずさみながら、この映画は幕を閉じました。
うーん、2人(+1人)のこれからはどうなるんだろうか。そのままハルレオ再結成というのも勿論ありだし、シマを含めて3人でユニットを組むというのも良さそう。それか、劇中で少し言及されてたレオとシマのユニットで、ハルが楽曲を作るというのも悪くない。。
この先どのような形になったとしても、これからの3人の行方については彼女たちが口ずさんでいた歌が代弁していました。
進んで行こう きっとこの先も 嵐は必ず来るが 大丈夫さ ー「たちまち嵐」
・連想した作品
一番近いと感じたのはこれかなあ。相手を思いすぎるあまりの衝突、もう友情の範疇を超えてしまっている女子二人の話、音楽が重要な要素など、思いのほか共通点あり。
女性同士の音楽ものといえば、これも近いといえば近いか…? そういえばこの話の主人公の名前って"小松奈々"だったような…??